
夜の11時。リビングの電気をつけたまま、ふと思う。「今日は、ちゃんと勉強できたのだろうか」。
二階の部屋のドアの前まで行って、ノックしようとして、手が止まる。――そんな夜を過ごしている受験生の親御さんに、今日は、ある神社の物語を用意しました。
先に結論をお伝えすると、受験直前期に親ができる一番のことは、「合否」を握りしめず、「自分が手を出せる範囲」に力を注ぐことです。
『7つの習慣』の第1の習慣「主体的である」に出てくる「影響の輪」という考え方を、短い物語と解説でお届けします。
この記事のポイント
- 受験直前期の親の不安は、「自分では動かせないこと」に目が向くほど大きくなる
- 親が影響を与えられるのは、睡眠・食事・家の空気・声かけの4つ
- 「勉強の進み具合を聞く」のをやめ、「見ていたよ」を伝えるだけで、子どもの安心感は変わる
※物語の登場人物と会話は、すべて架空です。
物語|お守りを買いに来た母と、神社の宮司さん

十月の終わり、夕方の境内には、落ち葉を掃く音だけが響いていた。
吉村あかね(44歳)は、授与所の前で、ずらりと並んだお守りを眺めて立ち尽くしていた。中学3年の息子リクの、受験まで、あと数か月。
「合格祈願」と書かれたお守りは、色も形もいくつもあって、どれを選べば一番効くのか、さっきから決められずにいる。

あの……合格のお守りを、一番、効くものをください
授与所の奥から出てきたのは、袴姿の年配の男性だった。宮司の神田さん(68歳)。穏やかな目で、あかねの顔を見た。

一番効くもの、ですか。……お子さんの受験ですか

はい。息子が、中3で。毎日遅くまで勉強しているんですけど、本当に大丈夫なのか、不安で。模試の結果も、波があって

それは、気が気じゃないでしょう

そうなんです。つい、『今日はどこまで進んだの?』『あの問題集は終わった?』って、毎晩聞いてしまって。この前なんて、『わかってるって! うるさい!』って、ドアを閉められてしまって
あかねは、そこで言葉を切った。ドアの音が、まだ耳に残っている。
神田さんは、竹ぼうきを壁に立てかけて、こう言った。

少し、お話ししてもいいですか。私は神職になる前、三十年ほど、高校で教師をしておりましてね。毎年、この時期の親御さんを、何百人も見てきました

先生、だったんですか

ええ。だから、お守りのお話より、先に、こちらをお渡ししたい
神田さんは、授与所の隅にあった紙に、ペンで二つの円を描いた。小さな円と、その外側の大きな円。

内側の小さな円が、『自分が影響を与えられること』。外側の大きな円が、『気にはなるけれど、自分では動かせないこと』です。お母さんの今の不安は、どちらの円にありますか

えっと……『合格できるか』『模試の結果』『他の子の成績』。……外側、ですね

そうです。合否は、試験の日の問題と、お子さん本人と、あとは、神様のご縁。お母さんが、どれだけ夜通し考えても、一点も変わりません

……ですよね。でも、考えずにいられなくて

考えずにいる必要はありません。ただ、外の円ばかり見つめていると、人は、焦って、内側の円で、余計なことをしてしまうんです

余計なこと……

たとえば、毎晩の、『どこまで進んだの?』です
あかねは、はっとした。

お母さんの『聞く』は、心配から出ています。でも受験生にとっては、『まだ足りない』と言われているように聞こえることがある。本人は、足りないことを、誰より知っています

……じゃあ、私は、何をしたらいいんでしょう。見守るだけなんて、何もしていないみたいで、不安で

内側の円の中に、お母さんにできることが、ちゃんとあります。一つ目は、『睡眠』。夜遅くまで頑張るお子さんの、朝を、整えてあげること。二つ目は、『食事』。温かいものを、同じ時間に出す。三つ目は、『家の空気』。テレビの音量や、家族の機嫌も含めて

家の空気……

そして四つ目が、声かけです。ただし、『頑張って』でも、『進んでる?』でもない。お母さんにしか言えない、一言があります

……何ですか

『ちゃんと、見てるよ』
あかねは、息を呑んだ。

成績や進み具合を、評価するのではなく、頑張っている姿を、見ていたと伝える。それだけで、受験生の肩の力は、ずいぶん抜けます。お守りは、その気持ちを、形にしたものにすぎません

お守りは、気持ちの、形……

ですから、お母さんが、お守りを選ぶなら、こう渡してください。『合格しますように』ではなくて、『ここまで頑張ったの、見てたよ。持っていってね』と
あかねは、並んだお守りの中から、小さな紺色のものを選んだ。値段のことは、もう、頭になかった。
十二月の夜。あかねは、二階の部屋の前に立っていた。以前なら、「今日の勉強は進んだ?」と、ノックしていたところだ。
今日は、夕飯のあとに、温かいほうじ茶を淹れて、盆にのせて持ってきた。ドアを軽くノックして、そっと、机の端に湯呑みを置く。

遅くまで、おつかれさま。……ちゃんと、見てるよ
リクは、問題集から顔を上げずに、小さく「うん」と言った。
あかねは、それ以上、何も聞かずに、部屋を出ようとした。そのとき、背中から、声がした。

……お母さん

ん?

このあいだは、ごめん。ドア、強く閉めて
あかねは、振り向いた。リクは、まだ問題集を見たままだったが、耳が少し、赤かった。

……ううん。ほうじ茶、冷めないうちにね
リクの机の上には、あの紺色のお守りが、そっと置かれていた。
解説|「関心の輪」ではなく「影響の輪」に力を注ぐ

物語の中で神田さんが描いた二つの円は、『7つの習慣』の第1の習慣「主体的である」に出てくる、「関心の輪」と「影響の輪」という考え方です。
関心の輪は、気にはなるけれど、自分では動かせないこと。影響の輪は、自分の行動で変えられること。受験期の親の悩みは、ほとんどが「関心の輪」の中にあります。
そして、関心の輪ばかりを見つめていると、焦りが生まれて、影響の輪の中でも、「聞きすぎる」「口を出しすぎる」といった、空回りが起こりやすくなります。
| 関心の輪(動かせないこと) | 影響の輪(手を出せること) | |
|---|---|---|
| 結果 | 合否、模試の判定、他の子の成績 | 本人が受験日までを、心身ともに整えて過ごせる環境づくり |
| 日々の生活 | 本人の勉強のペース、得意・不得意 | 睡眠時間、食事の時間と内容、朝の起こし方 |
| 家庭の中 | 子どもの気分の浮き沈み | 家の雰囲気、声かけ、家族のルールづくり |
受験直前期に、親ができる3つのこと

① 睡眠と食事を「整える」
受験直前期は、不安から、つい夜遅くまで頑張りがちです。親が「勉強しなさい」と言う必要はありません。
代わりに、朝の起床時間を一定に保つ、夕食を同じ時間に温かい状態で出す、といった、生活のリズムを整えることが、実は一番の後押しになります。
② 「進み具合」を聞く代わりに、「見ているよ」を伝える
「どこまで進んだの?」は、親の不安を解消するための質問になりやすく、受験生には、評価のように聞こえてしまうことがあります。
代わりに、「ちゃんと見てるよ」「遅くまでおつかれさま」と、頑張りそのものを認める声かけに変えてみてください。
聞きたいことがあるときは、評価ではなく、「何か手伝えることある?」と、選択を本人に渡す聞き方がおすすめです。
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③ 不安は、子どもの前ではなく、別の場所で扱う
親が不安になるのは、当然のことです。大切なのは、その不安を、子どもにぶつけない場所を持つことです。パートナーや友人に話す、ノートに書き出す、散歩をする。
親自身の不安の置き場所を決めておくだけで、子どもへの声かけは、ずいぶん穏やかになります。
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なお、受験生本人が眠れない、食欲がない、強い不安を訴えるなど、心身の不調が続く場合は、親だけで抱え込まず、学校の先生やスクールカウンセラー、かかりつけ医など、身近な専門家に早めに相談してください。
まとめ|合否を握りしめず、「見ているよ」を渡す

受験直前期の親の仕事は、合否を心配することではなく、睡眠・食事・家の空気・声かけという、自分の手が届く範囲を整えることです。
そして、「どこまで進んだの?」の代わりに、「ちゃんと、見てるよ」。その一言が、受験生にとって、どんなお守りよりも、心強い支えになることがあります。
今日の夜、まずは、温かい飲み物を一杯、机の端にそっと置いてみてください。


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